ラジオNIKKEIより

「風疹について」

一般社団法人 和歌山県薬剤師会  西前 多香哉

要旨(Summary)

今年、例年にないほど風疹が大流行しました。この感染症の背景には先天性風疹症候群を  恐れたための流産が増加しているという事があります。本来、この世に生を受け、この時代を担っていく子供たちです。風疹根絶のため、学校薬剤師として知っておかなければならない「風疹」について記載しました。

キーワード(Key Words)

風疹、感染症、母子感染、先天性風疹症候群、CRS、難聴、流行、三日ばしか、成人風疹、   不顕性感染、妊娠初期、抗体価、再感染、自然感染、ワクチン接種、流産

元プロ野球選手の松井秀喜さんがニューヨークヤンキースに在籍していたころ、時を同じくして難聴の大リーガーがプレーしていたことをご存じでしょうか。

今日、お伝えするのは風疹のことで、独立行政法人 理化学研究所の理学博士である加藤茂孝先生に取材を申し込み、お話しいただきました内容と先生の著書である『人類と感染症の歴史-未知なる恐怖を超えて-』を元にお伝えしたいと思います。

近代、大リーガー史上、唯一の難聴プレイヤー、その人こそがカーティス・プライドさんです。彼は、母親が妊娠中に風疹に感染した、いわゆる母子感染による先天性風疹の難聴でした。95%の聴力を失いながらも、補聴器を付けプレーしていました。耳が不自由であることは野球選手にとって大きなハンデとなります。それでも、彼が野球を続けたのは自分が子供達に『信じていれば夢は必ず叶うんだよ』、『あの人が出来るのなら自分にも出来る』という事を思って欲しかったからです。

実は日本でも同じような事が起こっていました。米国で風疹が流行した1964年の翌年、沖縄で408人のCRS、いわゆる先天性風疹症候群の子供たちが生まれました。彼らが中学生になった1978年に、彼らのために聾学校の中等部が開校されたほどの多さです。そして、その学校に野球部ができ、高校野球大会出場までの苦難の道のりが本や映画やドラマになったほどです。本は『遥かなる甲子園―聴こえぬ球音に賭けた16人』という題で出版されています。

その風疹が今年、例年にないほど大流行しました。加藤先生によると来年も流行がくるかもしれないと予想されています。

風疹は麻疹に比べて発疹の期間が3日と短く、三日ばしかとも言われていました。流行しやすい季節は春先です。ヒトの咳やくしゃみの飛沫に含まれたウイルスによってヒトに感染し、そのほとんどが小児期に感染するのですが、感染機会を逃して成人してから感染することがあります。

成人風疹のほとんどが男性で、その場合には派手に発疹がでて、食事する元気もなくなるくらいで、約10%の患者が入院しなければならない状態にまでなります。

風疹感染による症状としては、潜伏期間が2週間から3週間で、鼻水、せき、発熱、発疹、リンパ節腫脹が出ますが、一般に軽症です。発疹は3日程度と短く、出ないことも多いです。目立った臨床症状が出ない不顕性感染例が小児で約30%、成人で約15%もあります。

風疹感染には抗ウイルス薬や治療法はなく、個々の症状に対する治療になります。先天性風疹の3大症状には眼の障害、心臓疾患、難聴があり、現在、これらは先天性風疹症候群としてまとめられています。その中でも難聴が圧倒的に多く、妊娠初期の12週までに感染すると障害の発生率が高くなっていきます。ウイルスが感染した細胞は細胞分裂が低下し、その結果、盛んな形態形成を行っている臓器ほど悪影響が出ます。ただ、形態形成が完成した月齢7ヶ月以降の感染では障害が起きません。

一つ目の障害である先天性白内障の場合には、人エレンズに替えます。心臓奇形の場合には、軽症であれば成長と共に自然治癒するのを待ち、自然治癒しなかった場合には、成長を待って心臓手術を行います。耳の場合には、高度難聴が多く、自然治癒は望めないですが、最近では、 人工内耳を埋め込む治療方法もあり、以前に想像されたほど「運命的」なものではなく、治療による改善が望めるようになってきています。

私自身この風疹のイメージとして、一度罹れば二度と罹ることはないと思っていましたが、先天性風疹症候群の症例で1978年から2002年まで取られたデータにおいて、再感染かもしれない  比率が9.8%と、常識を覆すような結果でした。自然感染やワクチン接種で獲得した抗体価が時間とともに減少し、再感染が起こりうるというものです。この再感染は発疹の出ることも少なく、自覚症状が少ないことが問題なのです。妊婦の再感染の場合、初感染に比べて頻度は低いですが、子供に先天性風疹症候群の症状が起こりうる可能性があります。

風疹と先天性風疹症候群の関係において、年度別の風疹患者数のグラフと先天性風疹症候群の患者数のグラフを重ねると、形状がほぼ一致します。一方、このグラフに国策であるワクチン接種の時期を重ねると、いかにワクチンが効果的であるか痛感します。

ワクチンが開発された当初、接種対象をどうするかの議論があったそうで、方式は二つありました。一つは男女の全幼児が対象の米国方式、もう一つは女子中学生のみに接種するという英国・日本方式でした。この二つの方式の差は10年後には顕著に出ました。米国では風疹の患者が激減し、その結果として妊婦も感染する機会が減り、先天性風疹症候群の出生がゼロ近くなってきました。もう一方の英国・日本式では、患者数は少し減ったけれども、流行の主体である幼児は野放しだったので、風疹流行は以前のように周期的に起こり、先天性風疹症候群の発生は、少しは減りましたが、なくなりませんでした。その後、英国と日本はこの結果から、全幼児を対象とする米国方式に変更しました。

日本において風疹は、かつては5年程度の間隔で全国規模の流行が繰り返されましたが、小児へのワクチン接種によって、全国規模の流行はなくなり、散発的な発生になっています。

当初は風疹単独のワクチンでしたが、麻疹、おたふくかぜと混合したMMRワクチンや、麻疹と混合したMRワクチンとして接種される事が多くなっています。日本では、MRワクチンを2006年から1歳と6歳の2回、また2008年から2013年3月までの5年間だけ、経過措置として中学1年と高校3年でも接種を行いました。

風疹の発生状況の把握のため、かつては登録された小児科医からの風疹患者の発生報告でしたが、2008年から患者発生は全例報告制度に切り替わりました。その報告によると2010年の患者数は87例でした。全幼児へのワクチン接種は効果覿面だったようです。

ただ、この87例を最小として、2011~2013年は患者が増え続けました。2011年は371例、2012年は小流行となり2,353例、2013年は13,000例を超過してしましました。この患者の8割弱は、成人男子です。これは、ワクチンが女子中学生へ接種されていた世代で、自然感染やワクチン接種で免疫を獲得できなかったグループです。悲しいことに2012年は先天性風疹症候群が6例ありました。2013年9月の時点で12人の先天性風疹症候群の患者が報告されています。

少し前に行政のトップが『風疹患者はまだ1万人程度、臨時接種は考えていない。』、『重篤な被害や死者が他の感染症にも出てきており、風疹だけ抜き出しては難しい』というような見解を出しましたが、米国や英国など多くの先進国は日本の風疹大流行を極めて憂慮しています。日本はウイルス対策後進国であり、日本への海外渡航を規制していた国もあったほどです。事の重大さを全く認識できていないように思います。風疹はどうせ「3日ばしか」程度で、大した病気ではないと考えられているのでしょうか。

風疹は大人が感染すると15%程度の人が、症状が出ない、不顕性感染者で、知らないうちに他の人に感染させたりしているように思われます。そして、それが、重大な先天性風疹症候群の発生につながっていくのです。厚生労働省は子供を望む男女に風疹の免疫を持っているかの調べる抗体検査の費用を全額負担するための予算を計上する予定ですが、これでは対策が不十分で、根本的な先天性風疹症候群の根絶には至らないように思われます。先天性風疹症候群は風疹の流行とともに増えるので、来年の流行を防ぐには、最も罹患者の多い20代~40代の男性を中心とした、風疹の免疫の無い人達へのワクチン接種の徹底が必要だと思われます。

実際に風疹で亡くなった方はいらっしゃらないようですが、風疹の流行した年は、流産も増えるそうです。1978年から2002年まで取られたデータにおいて、加藤先生の推計によると、先天性風疹症候群の患者1人に対して、約60件の流産が発生するそうです。言い換えるならば、12人の先天性風疹症候群の患者に対して、720名の尊い命が消えているのです。風疹と先天性風疹症候群と流産の関係を知れば、1万人程度などと軽はずみな言葉は出てこないように思います。

本来、この世に生を受け、この時代を担っていくかもしれない子供たちなのです。したがって、「風疹を軽視しないで欲しい」という加藤先生の言葉を学校薬剤師として伝えていければと思います。

風疹の根絶には風疹の抗体価が十分でない成人を対象に無料で一斉にワクチン接種を行う必要があります。

加藤先生は学校薬剤師に対して、「先天性風疹症候群の根絶のため、また風疹・麻疹排除のため、ご尽力戴ければ嬉しいです。」とのご伝言をいただきました。

最後に、加藤先生へ、取材に快く応じて下さり、感謝申し上げます。

(ラジオNIKKEI:2013.9.24放送)

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